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第二章 

11話)遊園地へ



 優斗からの『二人で会おうか。』の話があったのが、木曜日だったせいもあり、その週の週末はあっという間にやってくる。
(遊園地なんだから、お手製の弁当よね・・。)
 と、頭を悩ませ、着て行く服を考えていたら、訳が分からなくなってしまった。
 最近芽生が選んで購入していた服は、翔太を挑発するような露出の多い服ばかりだ。
 とても初めて行くデートに、着ていく代物ではない。
 といって、去年着ていた服を羽織っても、子供っぽすぎる。
 なんてったって、相手が優斗なのだ。
 中途半端な服を着て行くと、彼の失笑を買いかねない。
 と言って、この日のために、わざわざ新しい服を購入して、張り切ってしまった様を、見破られるのも癪だ。
 散々悩んで、結局芽生が選んだ服装は、なぜだか母が来ていたワンピースだった。
 単純にAラインのワンピースだ。長い袖のついた、滑らかない生地が膝まで続く。
 これに短いカーデガンを羽織り、ショートブーツと、小さなバックを合わせる格好で、出来上がり。
 これなら露出も多くない。品もあって、二人っきりで会っていても、妙な雰囲気にならないはずだ。
(ん?妙な雰囲気?・・やだ、私。何を考えて服、選んでいるんだろう・・。)
 自分で自分にコメントするが、服は変更しない。
 いくら付き合ってなくても、一応優斗も男性だ。安全に越したことはないはずだった。
 弁当も、芽生は本当の彼女ではないのだから、これも張り切り過ぎてもおかしいものになる。
 当日の朝、早めに起きて支度した。
 出し巻き卵におにぎり。ソーセージにから揚げ。箸でつつけるブロッコリーをサッとゆでて、量も多すぎず、少なめに作る。
(弁当、用意しておいて・・なんて言われていないけど・・これくらいいいよね。)
 遊園地でシートを広げて弁当を食べるシチュエーションは、芽生自身がしたかった事だった。
 天気予報も、きっちり晴れだという予報をチェックしていたので、外で食べる予定が立つ。
(やっぱ、二人で食べたいよね〜。)
 芽生にしたら、男の人と二人でデートなんて・・よく考えたら初めての体験だった。
 目の前に広がる弁当を見つめながら、ハッとなる。
「さすがに、出されていらないなんて言わないよね〜。」
 と、つぶやくが、作ってしまっているのだから、食べてもらわなければ困る。
 そんな所で、とりあえず弁当はこれでOKだ。
 キッチンで翔太の目を気にせずに作れたのは、ちょうど彼はクラブの強化合宿とやらで、金・土・日の3日間いなかったおかげもあった。
 彼がいたら、朝早くからキッチンでゴソゴソやり出し、いい匂いがし始めた途端、起きてくるはずだった。
 そして、どう見ても二人分はある弁当を作った理由を、言わなくてはいけないハメになっただろうから、今日ばかりは彼がいなくてよかったと思うのである。
「・・・さあ、服着よう!」
 ボヤボヤしてたら、約束の時間に遅れてしまう。
 珍しく弁当作りで手間取ってしまった芽生は、あわてて二階に上がって用意した服に着替えに行く。
 あわてて服を着て、髪をとかし、ムースで巻き髪をさらに強調させて、姿見で映った自分の姿をチェック。
 少しレトロな感じの自分の姿があった。
 Aラインの服は、芽生の細い腰を強調して、体の線が綺麗に出る。
 クルリと回ると、スカートの裾は華やかに広がった。
(いい感じ!!)
 自分で自分を褒めずにどうする・・みたいな感じで、芽生は思いっきり自分を褒めて、もう一度鏡を見ると・・。
 チークを入れないのに、ほんのりの上気した頬。ご機嫌な瞳はキラキラしていた。今日一日、楽しめそうな瞳だ。
 芽生は、鏡の自分にニッコリ微笑み、
「行ってきまーす。」
 と呟くと、バックを手に取り、下に降りると弁当を紙袋に詰めた。
 鍵を施錠して、足どり軽く駅に向かって行く。
 待ち合わせの駅には10分前に着く事ができた。
 彼の姿はまだないと思っていたのに、壁にもたれて待ち人顔の優斗の姿があった。
 ラフなGパンに太めの銀のバックルが腰に巻きついている。骸骨の柄は彼の趣味だろうか・・のTシャツが上着の間から、かい間見えた。
 制服姿とはまた違う私服姿だが、雰囲気は変わらない。漆黒の髪に、憂いを帯びた視線は彼方を見つめ、そこだけ妖しい空気を醸し出していた。
 同じ様に待ち合わせらしい女の子達の視線を、くぎ付けにしているのを、気付いているのか、気付いていないのか・・。
 芽生は、一呼吸してから優斗に近づいてゆく。
「おはよう、優斗くん。」
 待った?
 声をかける芽生に、サーと女の子達の視線が値ぶみするかのようにまとわりついた。
「あの子が彼女なんだ・・。」
「結構、可愛いじゃん。」
「純正、お嬢って感じ?」
 ヒソヒソ声で声を掛け合う声を、芽生は聞きのがさなかった。
(この服で正解!)
 心の中でつぶやく。
 優斗と共に歩くという事は、こうゆうことだ。同性の女の子の視線も考えておかなければいけない。
 彼女達とは一味違った格好の自分の姿に、感嘆の息が上がるのを、満足しながら優斗に近づく芽生に気付いたらしい。
 ニッコリ微笑みかける彼の瞳は、いつもの感情を抑えた柔らかな視線だった。
「いや、俺も今付いたとこ。芽生も早いね。」
 言いながらチラリと腕時計を覗いて
「行こうか。」
 と、さりげなく肩に手をかけられてホームに向かう。
 やはりと言うか、当然というか、
『この服可愛いじゃん。』とか『似合っているよ。』とかいう、彼からのコメントはなかった。
 それに対して、少しガックリきた芽生だったが、仕方がない。
(私、本当の彼女じゃないもの・・。)
「それでも、楽しまなくっちゃ。」
 握りこぶしを軽く握って、小さくつぶやいた芽生の言葉に、
「ん?何か言った?」
 と聞いてくる優斗に、首をブンブン振って、
「何でもないよ。」
 ハハハッと、愛想笑いを浮かべて答える芽生に一瞬、彼の瞳が揺らぐ。
 変な奴・・。とでも言いたげな視線だ。
 ちょっとの間の沈黙の後、
「今日の天気、晴れらしいね。」
 と、優斗が言ってくるので、芽生は深くうなずく。
「調べてくれたの?そうなのよ。お天気でよかった。」
「混んでるだろうな・・。」
 少しうんざりとしたモノが混じった声色に、首をかしげて
「ひょっとして、並ぶの嫌い?」
 と聞くと、
「並ぶの好きな奴っているの?」
 と、返答が返ってくる。
「・・・・。」
 意外な解答だった。
「え?でも、人気のあるアトラクションは、並ばないと乗れないよ。それに、二人で並んでお喋りするの、楽しくない?」
「俺、ジェットコースター系はダメだし・・。」
 軽く返答が返ってきて、それこそ芽生は首をひねってしまう。
「じゃあ、遊園地で、何乗るのが好き?」
 聞くと、優斗の方が首をかしげる番だった。
「何がってなあ・・何が好きかなあ・・。」
「・・・いいです。もう・・。」
 芽生の中で描いていた遊園地での、彼とのデートのあらましが、見事に崩れた瞬間だった。
 ガックリくる芽生の横で、ふいにクスクス笑う声にハッとなって振り向くと、優斗の笑顔にぶち当たる。
 彼の雰囲気が一気に変わっていた。パッと花開いたかのように晴れやかな表情は、一点の曇りがない。
「芽生が乗りたいんだったら、付き合うよ。別に乗れない訳じゃないから。
 いろいろ乗りたい物があったんだよね。」
 わざわざ遊園地って指定したくらいなんだから。
 言いながら芽生の頭をポンポン叩いて、クスクス笑い続ける優斗に、芽生は何も言えず、口をパクパクさせるしかなかった。
(・・この爽やかな笑顔は何??)
 戸惑う芽生に、優斗が、
「もう少ししたら着くから・・。二人でいろいろ乗ろう。」
 と言って、車窓を見つめた視線は、元の瞳の色に戻っている。
 そして、彼が“いろいろ乗ろう”と宣言したとおりに、遊園地に入った後は、なるたけたくさんのアトラクションに、乗れる段取りを組んでくれたのだった。